マットヘルスの歴史

By | 2017年1月23日

マットプレイの発祥は神奈川県の川崎 堀之内が発祥と言われています。
当初は石鹸の泡を使用し【泡踊り】と呼ばれていましたが、現在はコンパニオンの肌荒れの原因ともなるため、ローションを使用します。
かつて「性風俗店の王道といえばソープランド」と言われるほど、その濃厚なマットサービスが人気でありましたが、時間も長く、プレイ料金の高さゆえに一般的に気軽に通えるお店ではありませんでした。

そこで低料金、濃厚なサービスがない為に女性もアルバイト感覚で気軽に入店できる【ファッションヘルス】が誕生し、人気を博しましたが、サービスの内容はというと当時は女の子が男性の性器を手でやさしくマッサージしてくれる程度のお店が殆どでした。現在ヘルスの主流はリップサービスと言えますが、満足度では濃厚サービスのソープにはかないませんでした。

そこでソープランドとヘルスの良いとこどりで「若い女の子と、しかも濃厚サービスが愉しめる」という【疑似ソープ】が現れます。それが、ソープと同じマットプレイを取り入れながらソープよりも低料金で密着感の高いローションプレイが楽しめる【マットヘルス】です。
元々ソープだったお店をマットプレイのみで営業されている箱型の店舗もある中で、近年では指定のホテルへコンパニオンを派遣する形で営業しているお店も多くあります。

マットヘルスのブームは、ソープランドが衰退しはじめ大衆ソープにシフトチェンジする店が増えることで、マットプレイをする店もなくなってきました。
関西で言えば、大阪風俗のソープランドが花の博覧会開催で、条例の締め付けが厳しくなりソープランドが全店廃業に追い込まれたのは、ご存知でしょうか?
その為、ソープランドの跡地が空き物件となり、それをマットヘルスに切り替え大阪でファッションヘルスが次ぎのブームとなりました。

その先駆者とも言えるリッチドールは、日々行列のできる店としても有名でした。
大阪からソープランドがなくなったことで、そこで働いていたソープ嬢たちは、大阪では高収入のソープがないため神戸の福原や滋賀の雄琴に移籍するものもいましたが、マットプレイを得意としていた女性は、そのままマットヘルスに残り、技を駆使していました。

現在では、マットヘルスのプレイ内容は、高級ソープ並の技が安価で体験できるため、それだけを楽しみに来る客もいます。但し、本格的にマットプレイをする店も減少しているため、マットプレイを教えて講師も減り、本来の技を伝える人が少なくなりました。
その為、経費を抑えるために、店長や男性スタッフが講習を行い、マットプレイを伝導しておりますが、やはり伝導師と言えるまでの講習をしておらず、少しずつマットプレイの業が衰退しているのも事実です。

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